▼ホームページ検索 [More] [New Window]

赤湯人車軌道(あかゆじんしゃきどう)【廃線】

奥羽本線赤湯駅は、赤湯の温泉街からは離れた場所に位置しており、1910年(明治43年)頃になると交通の不便さから赤湯温泉の客は減少傾向にあった。このため、駅と温泉街を結ぶ交通機関として人車軌道の敷設が計画される。途中、第一次世界大戦による鉄材などの高騰のため計画が遅れるなどを経て、1919年(大正8年)4月..
update:2009年09月09日
【ことわざの心】
親の十七子は知らぬ